幸せな時間と素敵な仲間

先日、私のとあるお祝いを友達にして頂きました。といっても私の方から、古くからの知り合いでバンドをやっている友達にお祝いにちょっとしたライブをしてくれないかとお願いしたんですけど、快く引き受けてくれてすっごく楽しみにしていたんです。ただ単に久しぶりに彼らのライブが観たかっただけあんですけど、その時にまさかのサプライズをされちゃいました。ライブ中に彼らの曲では無い、そのお祝い事に関連する曲が流れてきたんです。それでも気付かなかったんですが、ふとステージから目を離すと、目の前に大きなケーキがあり私に向けられていました。なんとお客さんも巻き込んで私にサプライズを仕掛けてきたんです。本当にビックリして思考が停止しちゃいました。ライブをしてくれただけでもう充分過ぎるくらいだったのに、まさかこんな余興まで企画してくれたなんて。本当だったら感動のあまり泣いてしまうところなんでしょうが、感激はしているのにあまりにビックリした所為か、涙が出て来ないんです。本当に頭も真っ白で、何が起こっているのか把握出来ず、終始無言で固まってしまいました。人間って本当に驚くとこうなるんだなって後から思いました。他のお客さん達とも仲が良かったので、メンバーと一緒になって企画してくれたそうで、後から号泣。本当に嬉しかったです。何よりこんな素敵な仲間がいると改めて思わせてくれた事が一番のプレゼントでした。それだけで暫く頑張れそうです。

共有したいのに

最近お気に入りの推理小説シリーズがあります。順番に読まなくても短編集に近い感じで楽しむ事も出来る内容の作品が多いので、寝る前に気になるタイトルのものを1話だけ選んで読むのが最近の日課です。1話1話の長さもそれぞれ違うので、じっくり楽しみたいなっていう日は長いものを、ちょこっとだけ読んですぐ寝たいなっていう時は短いものを選ぶことが出来るのも、自分の都合には合っているので長くゆっくり楽しめるんですよね。勿論作品自体が面白いっていうのが大前提ですが、この間読んだ作品がもの凄く夢中になってしまうくらい濃い内容の作品で、題材になっているのが政治や歴史だったのはちょっと私には難しかったんですが、推理小説としての伏線の張り方がすごく面白かったんです。彼氏もこのシリーズは気に入っていて、以前よく読んでいたので、久しぶりにこの話を薦めてみたんです。すぐに読み始めてくれたんですが、五分の一程度読んだ辺りから、前置きが長過ぎて飽きてきた・・・なんて言われちゃったんです。確かにその辺りは、時代背景を表す政治の話がメインとなっているので、辛抱が必要ではあったんですけど・・・でも本題に入ったその後が面白いから我慢して読んで!なんて押し付けちゃいました。果たして最後まで読んでくれるでしょうか・・・。

一年中マスクは必要

マスク女子!なんて言葉をよくテレビや雑誌でも見かけますが、確かにここ数年は年中マスクをしている人、特に女性が多いですよね。なんて私も例に漏れず年中マスクが欠かせない人の一人なんですけどね。風邪予防も勿論なんですけど、やはり雑誌にもよく載っている理由ですが、スッピン隠しの為にも使う事は多々あります。お休みの日にちょこっとコンビニやスーパーへ行くだけの為にわざわざ化粧はしたくない、だけどスッピンで人前に行くのはちょっと・・・っていう時に使ったりもするので、そういう時は安いマスクで充分なんですよね。なのでマスクは決まって箱買い!でも冬は店頭に目立つように沢山のマスクが売っているけど、夏はやはり需要が無いからなのか、一気にドラッグストアからお買い得マスクが消えてしまったのは焦りました。ちょっとお高めで数枚しか入っていないマスクしか売っていないんですもの。なので毎年冬の終わりに買い溜めをしておくようにしています。最近は可愛い絵が入った物や、良い香りがする物も売られてますよね。香り付きの物は一度買ってみたんですけど、匂いが強過ぎて私には合いませんでした。でもそういったマスクなら、自分の好きな香料をほんのちょっぴりマスクに垂らすだけでも作れるかもしれませんよね。今度試してみよっと。

お見舞いの記憶

今まで私は入院したことがありません。おかげさまで、三半規管も五臓六腑も生まれてからずっと今日まで順調で、何か精神的なことでヤラれたりする性格でもないらしく、医者要らずな生活を送ってきました。みんな私のようならいいのですが、そんな能天気なことも言っていられないらしく、今までにいろんな知り合い、家族、親戚、友人のお見舞いに行きました。
たまに行く病院は、アルコールの臭いが鼻をついて、そこに居るだけで気が滅入ってきます。子どもの頃から、病院のなかで唯一売店だけが好きでした。
姉が小学生のときに交通事故に遭って一ヶ月ほど入院しました。私はまだ幼稚園生だったけど、両親の不安の表情と、病室で退屈そうにしていた姉の顔を、今でもよく覚えています。そんな憂鬱のなかで、売店だけが楽しかった。淀んだ空気が立ち込めて、好きなものを飲んだり食べたりすることもはばかられる病院の中で、そこだけが楽しいテーマパークのように思えました。
小さな売店の隅っこには本が売っていて、たまに母は病室に向かう前に、姉と私のぶんの飲み物と本を一冊買って行きました。病室で、私と姉が遊ぶのを横目に、母は本を読んでいました。
やがて姉が退院する頃には、棚の中は母が売店で買った本でいっぱいになっていました。お見舞いに来た数と同じだけの本。退院当日の母の喜ぶ顔が、今でも忘れられません。

酔って嫌われないようにするために

今年のお正月に親戚で集まったとき、叔父さんが私に「酔っても分からないね」と言ってきて、叔母さんが「あら、私この子が酔ってるの分かるわよ」という会話をしていました。気になるところです。酔うと自分は周囲の人の目にどう映るのでしょうか?自分では酔うとおしゃべりになるかな、とは思っていますが、もともとそれほど無口な方ではないので、意外性はないと思うのです。
お酒を飲むと何であんなに楽しい気分になるのでしょう?とても気分もよくなり、嫌いな人とでも楽しくおしゃべりしたくなってしまいます。お酒を飲むとヘラヘラしているような気がします。でも、意識をなくしては、何をしゃべるか分からないので、みんなと飲む時には一応セーブしているつもりです。人に迷惑をかけるような酔い方だけは絶対にしたくないと思うんです。
特に私はおしゃべりになると自覚してるので、酔っぱらって内緒だよって聞いた話をうっかり話してしまわないようにするためにも慎重になるんです。うっかり秘密をばらしてしまったりしたら、誰も相談してきてくれなくなっちゃうだろうし、そういうのって女性同士ってかなりシビアですよね。来月から歓送迎会シーズンでお酒を飲む機会も増えると思うので、より一層気持ちを引き締めなくては!酒は飲んでも飲まれるな、ですね。

睡眠不足対策に本?

不眠症の人には大変申し訳ないですが、睡魔というのは、時にとてもやっかいなものです。例えば、今夜は徹也をして仕事をしなければならない、という時に1度、もしくは何度も睡魔に襲われ、つらい思いをします。睡魔はとても強力で、このまま横になれたらどんなに気持ちがいいだろう、と思わせるのですから、困ったものです。睡魔に負けて、ちょっとだけ横になろう、と横になったらそのまま朝を迎えてしまう、という悲惨なこともあります。
また、新しい本を買い、夜読むのを楽しみにして、さあ読もう、と思った途端に睡魔が襲ってくることがあります。その本をどれだけ楽しみにしていても、睡魔に勝てないこともあります。推理小説を読んでいて、とても面白いところなのに、いつの間にか寝ていて、目を覚ますと本に折り目がついていた、という残念なこともあります。自分の気持ちでは抗えないもの、それが睡魔です。
会議中や仕事中などの睡魔には勝たなければなりませんが、夜寝る時の睡魔には、抵抗せずに従う方がいいですよね。それを逃すと、今度はどんなに寝ようと思っても眠れなくなることがあります。睡眠不足はお肌に悪いですからね。そんな時は、難しい本を読むと、眠くなるそうです。これも睡眠不足対策になる、かもしれません。

私が私でいるために

いつでもどんな時も誰とでも仲良くできる人に憧れて、私はいつも明るく振る舞います。おかげで、会社ではよく上司からのみに誘われるし、みんなが集まる楽しいイベントには、だいたい招待されます。ボランティアでワークショップのお手伝いをしたり、フリーマーケットへの出店を手伝ったり。野外フェスに行こうと計画を立ててレンタカーを手配したり、別の仲間とBBQを企画したり。そんな私が、周りから暗いとか、内向的な性格だと思われるはずもなく、私の憧れの通り、私は誰からも明るい人だと思われています。でも私は、そうゆう自分になりたいと、今も憧れています。そう思うのは、自分が本当はそうゆう性格ではないことを知っているから。この歳になってかなりの恥ずかしがりやだし、大勢の人の前で自分の話題が出たりすると、喋り始める最初は声が震えます。たまに緊張でノドが奥の方に隠れて、まったく声がでない時もあります。
そんな私の心を落ち着かせてくれるのは、読書と音楽。イヤホンで音楽を聴きながら、読書をします。どんな場所でも、一度1人で冷静になって、自分だけの世界で自分を見つめ直します。そういう時間が私を「私」に戻し、私はまた、自分が憧れる自分でいられます。こういう話をすると、「無理してるんじゃないの?」と言う人もいるけど、私の願いはただひとつ。私は、私が大切な人の笑顔が見たい。ただその気持ちだけで、今日もちょっとだけ頑張ります。

私のメランコリック

雨の匂いを感じて目覚めた平日の朝。外はまるで夕方のようにどんよりとした灰色を落として、私は布団から出たくないと思いました。風はなく、いつも遠くに聞こえる子どもの声も今日は聞こえてこきません。アスファルトが湿ったような雨の匂いは、私のマンションの階段を3階ものぼって、図々しくも私の部屋に立ち込めます。でもまだ雨は降っていません。遠くで虫が鳴いています。私は仕事をサボりたいと思い、「それは名案だ」と少しワクワクしながら、枕元に置いていた読みかけの推理小説を布団の中に連れ込みました。布団の中でも意外と明るい。なんだか子どもの頃の隠れんぼを思い出して、ストーリーのワクワクも加速していきます。その後、たぶん5分くらいで私は布団をはぎとりました。結局マジメな私はサボることをサボることにして、仕事に行くことに。バタバタと準備を整えて駅に向かいました。とりあえず折りたたみ傘は持ったけど、一日雨は降らず、いつまでも雨の匂いだけが漂っていました。会社ではヤケに明るく振舞いました。今朝理由もなく仕事をサボろうとしたことを取り戻すように。結局サボっていないし、誰にも迷惑をかけていないのに。そうやって振る舞う自分を心の中でおもしろがっていました。何があったわけでもない。何もないけど、たまに感じるメランコリックな気持ち。悪い気分ではありません。サボりたいと思っても、結局サボりません。これが私のメランコリック。

自信なんてない

自信なんてありません。自信なんて、私は今まで一度もあったことがありません。だって、私の周りには素晴らしい友人がたくさんいます。優しい人。おもしろい人。賢い人。運動ができる人。美味しいご飯をつくれる人。絵が描ける人。曲をつくれる人。本を書ける人。みんなホントにすごくて、うらやむ気にもなれません。そんな私にも、考えてみたらたったひとつ、誰にも負けない自信があります。それは、「素晴らしい友人がたくさんいる」ということです。「結局自分じゃないじゃん。」と、言わないでください(笑)。これは紛れもなく、私自身の自信です。運がいいのかなんなのか、誇れる仲間が気付けば自分の周りに溢れています。昔からの友人もいれば、知らないうちに導かれるように出会った人もいます。みんなそれぞれ、まったく違う仕事や業種で頑張っているけど、共通点はひとつ。前向きで、笑顔がかわいい!!かなり友達びいきな意見にも聞こえるかもしれないけど、私は友達を悪く言いません。絶対。だってそれが「友達」だから。残念なのは、そんな素敵な友人達に、私は何もお返しできていないと言うこと。癒されたり、相談に乗ってもらったり、笑わせられたり、勉強させてもらったり、ご飯をつくってもらったり、本を読ませてもらったり、与えてもらってばっかりです。もっともっと自信を持って、それをみんなに返したいから、やっぱり私も「自分の自信」を探します。

自分のためにつくるご飯

ホントにもう困ってしまうくらい、世の中にはおいしい飲食店がいっぱいあります。会社の近くには、イタリアンや和食屋さん、グルメ雑誌などで何度も取り上げられている名店や、有名人の人がプロデュースするお店なんかもあって、お昼時には1000円前後でおいしいランチをいただけます。最近は職の健康に対する関心が高まるなか、マクロビや、産直の新鮮な野菜を使ったお店も多いから、ちょっと前までの「外食は体に悪い」という定説もイメージもすっかり消え去り、お店によっては自宅のご飯より健康的なメニューを食べられるほどです。
しかし・・・外食が続くとやっぱり寂しい気分になります。なんだか体よりも心の方が寂しくなってきて、胸にひとつ、ぽかんと大きな穴があきます。おなかが満たされても心がいつまでたってもハラペコ。そんな感じです。やっぱり自分で食べるものは、できるだけ自分の手でつくって食べたいです。食材を選んで、産地を知って、いろんな人の想いを知って、キッチンに並べて、切って、焼いて、蒸して、茹でて・・・。とってもシンプルな献立でも、少し薄めの味付けでも、心を込めてつくって、心を込めて食べます。これが一番、心の栄養。外食続きのあなた。きっと心のなかに、「あなたの料理を食べたい」と願う、あなた自身がいるはずです。